社史
北海道新聞社の沿革と道内外の主な出来事
北海道新聞社の沿革 道内外の主な出来事
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1887年(明治20)1月20日北海道新聞のルーツ紙の1つ「北海新聞」が札幌で創業
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1942年(昭和17)11月1日道内11紙を統合し北海道新聞創刊
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1943年(昭和18)7月1日道新、中部日本、西日本の三社連合発足
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1944年(昭和19)3月6日用紙節約で全国各紙とともに夕刊休止
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1945年(昭和20)8月15日日本が無条件降伏。第2次世界大戦終わる
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1946年(昭和21)8月26日夕刊北海タイムス発刊11月3日北海道新聞文化賞制定を発表11月10日第1回全道美術展を開催
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1950年(昭和25)2月18日第1回札幌雪まつり3月28日本社、旭川、釧路で「夕刊北海道新聞」を発行
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1951年(昭和26)2月10日運動部の内藤晋記者が世界スピードスケー卜選手権500mで優勝11月22日北海道放送(HBC)設立
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1952年(昭和27)5月1日朝夕刊セット制を実施
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1954年(昭和29)9月26日台風15号で青函連絡船洞爺丸など沈没
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1958年(昭和33)3月31日北海道の人口500万人突破
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1962年(昭和37)6月1日全道高校野球春季大会を開催
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1965年(昭和40)2月22日北海道新聞社会福祉振興基金を創設
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1966年(昭和41)2月4日千歳発の全日空60便が羽田沖で墜落、当時世界最悪の133人死亡
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1967年(昭和42)10月23日北海道新聞文学賞を制定
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1968年(昭和43)5月16日十勝沖地震。北海道と東北で死者、不明50人6月14日北海道100年記念北海道大博覧会を共催10月9日ファクシミリ化完成、全道4カ所の紙面製作を本社に一元化
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1970年(昭和45)9月16日北海道政経懇話会を創立11月12日紙齢1万号を記念し道新スポーツ賞制定
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1972年(昭和47)2月3日冬季オリンピック札幌大会が開幕4月1日北海道文化放送(UHB)が開局
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1974年(昭和49)9月26日コンピューターによる紙面製作(CTS)開始
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1976年(昭和51)9月6日ソ連戦闘機ミグ25函館着陸
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1979年(昭和54)12月3日朝刊100万部達成
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1981年(昭和56)10月16日北炭夕張鉱でガス突出、死者不明93人
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1982年(昭和57)9月1日道新スポーツ発刊9月15日エフエム北海道開局
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1985年(昭和60)7月27日全面コンピューター製作(CTS)、鉛の活字消える
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1987年(昭和62)9月6日北海道マラソンを初開催
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1988年(昭和63)3月13日青函トンネル開業。連絡船は廃止
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1989年(昭和64)10月1日全社カラー体制
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1992年(平成4)2月3日北海道新聞情報研究所を設立3月23日編集電子化システム始動9月30日北海道新聞野生生物基金を設立
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1993年(平成5)7月12日北海道南西沖地震。奥尻島を中心に津波や火災で202人死亡、29人行方不明12月3日朝刊120万部を達成
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1994年(平成6)11月5日小学生新聞「フムフム」新設
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1995年(平成7)1月17日阪神・淡路大震災発生
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1996年(平成8)2月10日古平町の豊浜トンネルで崩落事故、20人死亡4月23日道新ホームページ開設
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1997年(平成9)4月6日記者ワープロから記者パソコンへ8月7日北広島市に札幌工場建設。40ページ、16ヵ面カラー体制へ11月17日拓銀が経営破綻
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1998年(平成10)1月22日道庁の公金不正総額は76億円に1月31日本社大通工場の印刷業務終了。北海新聞以来の印刷に終止符5月8日紙齢2万号
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1999年(平成11)7月1日6カ所目の印刷工場として道新音更印刷始動
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2000年(平成12)3月31日有珠山噴火12月4日朝刊125万部を達成
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2001年(平成13)5月30日社外識者で構成する「読者と道新委員会」発足9月11日米中枢同時多発テロ
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2002年(平成14)5月22日道新旭川印刷稼働。全社40ページ体制。旭川工場は印刷終了5月31日札幌ドームほかで日韓ワールドカップサッカー7月5日ゴッホ展開催。入場28万人を超え道立近代美術館の新記録
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2003年(平成15)4月30日道新ホームページの月間アクセスが1,000万件超す
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2004年(平成16)8月22夏の甲子園で駒大苫小牧が道内高として初優勝8月29日取材宣伝車「道新ぶんぶん号」誕生10月4日記者組み版システム(ELS)全面移行へ10月23日新潟県中越地震発生
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2005年(平成17)2月7日日本ハムのヘルメットロゴに「北海道新聞」7月1日動画取材の可能性を探る映像プロジェクト開始7月14日知床が世界自然遺産に登録
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2006年(平成18)6月17日夕張市長が財政再建団体申請を表明7月1日道新ぶんぶんクラブ発足10月26日北海道日本ハムファイターズが日本シリーズ制覇
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2007年(平成19)3月6日夕張市が財政再建団体に移行8月23日道新釧路印刷工場(釧路市鳥取)落成。釧路支社工場から全面移行し、免震 構造を採用
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2008年(平成20)7月7日北海道洞爺湖サミットが開幕9月5日本社NIE推進センターの見学者数が累計1万人を突破
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2009年(平成21)8月30日北海道マラソンの制限時間を1時間緩和し、中島公園スタート、大通公園ゴールの新コースで開催9月16日鳩山由紀夫氏が道内選出議員で初の首相に選出
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2010年(平成22)4月22日道新総合印刷函館工場が始動。全社16ページカラー体制が完成6月4日鳩山内閣が総辞職10月6日鈴木章北大名誉教授ら3人にノーベル化学賞
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2011年(平成23)3月11日東日本大震災発生7月1日マーケティングセンター発足
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2012年(平成24)2月11日~19日初の札幌モーターショー。12万5千人動員10月15日朝刊地方版の見開き2ページカラー化完了12月16日総選挙で自民が3年ぶり政権奪還
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2013年(平成25)9月7日2020年東京五輪開催決定12月3日夕刊コラム「まど」40周年
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2014年(平成26)2月16日スキージャンプの葛西紀明選手がソチ冬季五輪で銀メダル。日本人最年長記録3月3日大型の「U文字」導入。段制を15段から12段に6月2日どうしん電子版スタート
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2015年(平成27)3月7日「道新こども新聞 週刊まなぶん」創刊
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2016年(平成28)3月26日北海道新幹線が開業
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2017年(平成29)1月1日「スポーツ応援宣言」を掲げる8月29日、9月15日北朝鮮のミサイル、北海道上空通過
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2018年(平成30)1月1日広告局が「営業局」に名称変更9月6日北海道胆振東部地震発生11月1日どうしん電子版で、全道面等の紙面ビューアー公開開始12月中国語等、多言語による情報発信事業をスタート
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2019年(平成31、令和1)1月14日ほっかいどう大運動会を初開催11月1日2020年東京五輪マラソン・競歩の札幌開催が決定
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2020年(令和2)3月24日新型コロナウイルスの感染拡大を受け、7~9月の東京五輪・パラリンピックの延期が決定
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2021年(令和3)8月5-8日東京五輪マラソン・競歩競技の札幌開催 (大会組織委から運営業務を受託)
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2022年(令和4)3月道新総合印刷帯広工場(旧道新音更印刷)操業終了4月道新スポーツのニュースサイト開設11月1日北海道新聞創刊80周年11月30日道新スポーツ休刊
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2023年(令和5)1月10日ニュースサイト「北海道新聞デジタル」創刊7月22日こども新聞サイト「まなぶんデジタル」開設9月30日夕刊休刊
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2024年(令和6)11月1日本社移転
新聞協会賞
<技術部門>
1958年 | 「写真電送録画装置」の考案・実用化(編集局連絡部=代表 井ノ内正康) |
<編集部門>
1961年 | 企画記事「北洋」(代表 編集局次長・上関敏夫) |
1967年 | 恵庭事件公判の一連の報道(社会部次長・松井淳一、社会部・林武、佐藤邦明) |
1977年 | 「ソ連ミグ25戦闘機によるベレンコ中尉亡命事件」の写真報道(函館支社写真課・荏原清) |
1986年 | 連載企画「『北の隣人』-日ソ国交回復30年」(代表 東京政経部次長・酒井良一) |
1991年 | 連載企画「銀のしずく」(「銀のしずく」取材班=代表 社会部長・島田昭吉) |
1994年 | 地方版ニュースサマリー「きのう 今日 あす」(代表 編集局次長・小田紘一郎) |
1996年 | 北海道庁公費乱用一連の報道(公費乱用取材班=代表 社会部・山本牧、政治部・加藤雅規) |
2004年 | 北海道警察の裏金疑惑を追及した一連の報道(「道警裏金問題」取材班=代表 報道本部次長・高田昌幸) |
2013年 | 長期連載企画「日ロ現場史」(報道センター編集委員・本田良一) |
2022年 | 安倍政権の日ロ交渉を追った長期 連載「消えた『四島返還』」を柱とする「#北方領土考」キャンペーン(日ロ取 材班=代表 東京報道センター部次長・渡辺玲男) |
新聞広告賞
1984年 | 紙齢15,000号記念 8日間連続企画「北の同居人」 |
1990年 | NIEキャンペーン「世界が見える。21世紀が見える」 |
1991年 | DOSHIN ネバーランド PRESS |
1992年 | 家族三部作 |
1993年 | みんな地球の仲間たち 野生生物共和国宣言 |
1994年 | 花フェスタ’93キャンペーン |
1998年 | 北海道経済再生に向けた緊急提言シリーズ |
1999年 | 愛してアイドル |
2000年 | コンサドーレプレス |
2009年 | 仮想・北海道独立宣言 |
2018年 | 北海道の働く女性応援プロジェクト「HATAJOラボ」 |
2021年 | 未来のきみに贈る歌(#ミラ歌) |
2023年 | #北海道をコブしたいプロジェクト |
その他の主な賞
1959年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)本賞 「一貫して平和憲法の精神を広めた業績」=論説委員会 |
1976年 | 日本国連協会会長賞=上関敏夫社長 |
1988年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞 長期連載「祖国へ!」=サハリン残留韓国・朝鮮人問題取材班 |
1993年 | アップジョン医学記事賞 「エイズ闘病1500日」=社会部・目黒雄司 |
1996年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞 「追及!道庁不正-公費乱用一連の報道」=公費乱用取材班 |
2004年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞、菊池寛賞 「北海道警察裏金問題に対する一連のキャンペーン報道」=道警裏金問題取材班 |
2005年 | ファイザー医学記事大賞 年間企画「再生 地域医療」=報道本部医療取材班 |
2006年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞 「沖縄返還密約 元外務省高官証言スクープ」=編集委員・徃住嘉文 |
2013年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞 連載企画「原子力 負の遺産」=北海道新聞取材班 |
2015年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞 連載「獄中メモは問う 北海道綴方教育連盟事件」=釧路報道部・佐竹直子記者 |
2022年 | 日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞 北海道新聞社編『消えた「四島返還」 安倍政権 日ロ交渉2800日を追う』=北海道新聞社 |